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Voice24:初めてホームレスの声に向き合った時(Ayae)

デンマークのフリースクールで働いていた1年間のうち、特に印象に残っているプロジェクトについて今回はお話をしたいと思います。

 

それは、デンマークの首都コペンハーゲンで行われている

Food to homeless“というプロジェクト。

その名の通り、ホームレスの方々に食料を提供するプロジェックトです。

 

このプロジェクトは決して大きいものではなく、たった1人のデンマーク人によって行われていて国からの支援は受けていません。

彼は毎週ホームレスの方にパン、フルーツ、コーヒーと紅茶、寝袋などを与えています。支給しているパンは近所のパン屋さんにプロジェクトを説明し、特別に廃棄のパンを無償で分けてもらったもので、 提供している寝袋は音楽祭などの後に放置されていたのを回収したものだそうです。

 

決してお金とタバコは与えない

プロジェクトリーダーはそう言っていました。

お金を渡して、嗜好品を買ってもらうより、生きるために必要な食料を分け与えたいのだそうです。

 

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夏でも朝晩は気温は低いデンマーク。そんな環境で、彼が渡すコーヒーと、紅茶はホームレスの方の心まで暖めていたと。私は思います。

 

彼はただ機械的に食べ物を支給しているのではなく、ホームレスの方一人一人と会話をしながら支給していました。会話を無理に切り上げることはせず、自然に会話をされていました。

そこには、これまで私が耳を傾けてこなかったホームレスの声と人生がありました。

とあるホームレスの男性は、末期の皮膚がんで余命宣告もされていました。延命治療を拒否した彼の余命は当時残り一年。

たった一日手伝っただけの私には理解したくても理解できない、彼が出した答え。

 

今思い出しても、涙が出そうになります。

10月にデンマークに行くとき彼とまた会いたいと思いますが、もしかしたらもういないかもしれません。

 

 

プロジェクトを手伝っていても、多くの人が見て見ぬふりをしている事はヒシヒシと伝わってきました。 中には、ホームレスの人の目の前にあったチップが入ったカップを蹴飛ばして罵声を浴びせた人もいました。

でも、そんな中でもプロジェクトの為に使って欲しいと言って、プロジェクトリーダーにお金を渡す心優しい方もいました。

 

町を彼と歩いていた時に、2016年までホームレスをしていた男性と会いました。その男性は現在はホームレスの生活から脱し、小さいながらも部屋を借りる事が出来たと話していました。

そして彼は再度プロジェクトリーダーにお礼をいっていました。

これほどまでに心のこもった”ありがとう”はそう聞けるものではないと私は思います。

多くの方が見て見ぬふりをする中で、食料を毎週分け与えてくれたプロジェクトリーダーの存在は大きいものだったと彼は言っていました。

 

彼にホームレス時代どうやって生計を立てていたのか尋ねると、

空きビンと缶を集めて生計を立てていた

という答えを頂きました。

デンマークでは、空き瓶や空き缶を集めてスーパーの横にある機会に入れるとお金が返金されるシステムになっています。これはリサイクルを促すためのもので、飲み物代にボトル代が含まれているので、先に少し多く払っていたお金がリサイクル機(正式名は忘れました笑)に入れると返金されるのです。

 

ボトルの種類や缶によってそれぞれ値段が変わりますが、気にせずそのまま捨てる方も多くいます。

よって、多くのホームレスの方が行っているのがこの空き瓶と缶の回収です。

ボトルを集めて返金されるお金で、彼らは食料を購入しているのです。

なので私は時間がなくて缶を機械に入れることが出来ないときは、ゴミ箱の横にそっと置いています。

*すぐにホームレスの方が回収していきます。

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いつも見て見ぬふりをされてしまうホームレス。

私もいつも見て見ぬふりをしてきました。日本でも、デンマークでも。

お金を渡すことが彼らの役に本当に立つのか。正しいことなのか

 

その答えを出すことが出来ず、私はいつも見て見ぬふりをしていました。

これまでに何十人、もしかしたら何百人というホームレスの方を見かけてきましたが、彼らに挨拶をしたことすら私にはなかったのです。

 

 

でも今思うと、きちんとこの問いに真正面から向き合ったことは無かったと思います。

 

もし真正面からこの問いに向き合いたいならホームレスの実態を調べたり、支援を行っている団体に連絡を取ってお話をしたり。

そういった機会を作ることはとても簡単で、でもそれをしなかったのは“感心が薄かったから”なのでしょう。

このプロジェクト参加当時23歳だった私には“答えを出せない”なんてただの言い訳にしかならないのに、そのことにすら気づかず“見て見ぬふり”を選んでいました。

 

私は決して、“見て見ぬふり”を否定するわけではありません。

ただ、私の場合は“考えることから逃げて、自分なりの答えを出さずに見て見ぬふり”をしていたので、上記のように説明をしています。

 

そもそも、このトピックに正しい答えなんて無いのだと思います。

お金を渡すこと、食べ物を渡すこと、服を支給すること、見て見ぬふりをすること…

いろんな答えと方法があると思います。

 

ただ、一番大切なのは、自分で考えて出た結論に自信を持って従うことなのだと私は思っています。

そして、他者が出した結論に口を挟まないこと

 

あくまでも意見交換として他者が出した答えの理由を聞くことはいい刺激になると思いますが

怒鳴りながら

“お金を渡して何になるの?!”

とか、相手の気持ちを全否定するような議論やコメントは避けた方がいいのではないかと思います。

 

*数学みたいに答えが決まっているわけではないし、、、ね。

 

 

私はこのプロジェクトに参加後、もし手元に食べ物があればそれを渡しています。

(毎回ではありませんが…)

 

この答えを出すきっかけとなったのはまさしくこの、“Food to homeless”のプロジェクトに参加して、ホームレスの方と向き合う機会をもてたからです。

 

もしコペンハーゲンで“Food to homeless”を見かけたら、温かい声援を送っていただければなと思います。

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Voice24:初めてホームレスの声に向き合った時(Ayae)” への3件のフィードバック

追加

  1. とても、考えさせられる良質な記事でした。

    先日のことです。僕は名古屋の駅の前でホームレスの方を見かけました。あまりにも汚い大判タオルのようなものを体にかけ横たわる彼の姿は、やはり汚いものでした。

    挨拶はおろか、声をかける気にもなりませんでしたし、向き合うだなんてことはもってのほかでした。僕は足早に彼らの横を通り過ぎ、冷房の効いたスターバックスに立ち寄りました。

    ただ、不思議と彼らのことが気になったんです。以来、たまにホームレスの事を考えるようになりました。

    僕の考えはなんだか、複雑です。対立する両極端な考えが常に頭の中を巡ります。

    一つは、自業自得だという考え。そして、もう一つは、彼らはそれでもスゴイ。という考えです。

    自業自得という考えは、言わずもがなです。なるべくして、彼らはそうなった。ホームレスに陥るその前に、何かしらの抵抗する術が彼らにはあったはずだ。という考えです。

    それでもスゴイ。という考えは、ホームレスになりながら、それでも生きる彼らがスゴイと感じるということです。

    僕が中学生の頃、いじめによる自殺が多発しました。僕の中学でもその措置として、いじめに対する意識調査のアンケートが行われるなど、そこそこに世間を騒がるほどに多発しました。

    自分のその当時の環境に耐えかねて、自殺してしまう人がいる一方、たとえそれが[死にたくても死ねない]だとしても、それでも生きるという、ホームレスの方のそれはある種の苦行とも言えるのではないでしょうか。

    なにもかもが、憶測の域を出ることはないのですが、こうして文章にした以外にもたくさんホームレスについて考えていました。(支援といえば、アフリカ諸国の難民たちの事で、自国の日本のホームレスの支援については、なぜか頭を過ることが無かった。など)

    そんな矢先のこの記事だったので、思わず食い入るように読み込んでしまいました。

    [自分で考えて出た結論に、自信を持って従うこと]

    この一文に沢山のことを学ばされたような気がします。得るものが大きかったので、こうして思わず手が勝手にコメントを残していました。

    今後の記事の更新も楽しみにしています。

  2. とても、考えさせられる良質な記事でした。

    先日のことです。僕は名古屋の駅の前でホームレスの方を見かけました。あまりにも汚い大判タオルのようなものを体にかけ横たわる彼の姿は、やはり汚いものでした。

    挨拶はおろか、声をかける気にもなりませんでしたし、向き合うだなんてことはもってのほかでした。僕は足早に彼らの横を通り過ぎ、冷房の効いたスターバックスに立ち寄りました。

    ただ、不思議と彼らのことが気になったんです。以来、たまにホームレスの事を考えるようになりました。

    僕の考えはなんだか、複雑です。対立する両極端な考えが常に頭の中を巡ります。

    一つは、自業自得だという考え。そして、もう一つは、彼らはそれでもスゴイ。という考えです。

    自業自得という考えは、言わずもがなです。なるべくして、彼らはそうなった。ホームレスに陥るその前に、何かしらの抵抗する術が彼らにはあったはずだ。という考えです。

    それでもスゴイ。という考えは、ホームレスになりながら、それでも生きる彼らがスゴイと感じるということです。

    僕が中学生の頃、いじめによる自殺が多発しました。僕の中学でもその措置として、いじめに対する意識調査のアンケートが行われるなど、そこそこに世間を騒がるほどに多発しました。

    自分のその当時の環境に耐えかねて、自殺してしまう人がいる一方、たとえそれが[死にたくても死ねない]だとしても、それでも生きるという、ホームレスの方のそれはある種の苦行とも言えるのではないでしょうか。

    なにもかもが、憶測の域を出ることはないのですが、こうして文章にした以外にもたくさんホームレスについて考えていました。(支援といえば、アフリカ諸国の難民たちの事で、自国の日本のホームレスの支援については、なぜか頭を過ることが無かった。など)

    そんな矢先のこの記事だったので、思わず食い入るように読み込んでしまいました。

    [自分で考えて出た結論に、自信を持って従うこと]

    この一文に沢山のことを学ばされたような気がします。得るものが大きかったので、こうして思わず手が勝手にコメントを残していました。

    今後の記事の更新も楽しみにしています。

    1. 八木尾様

      WIFIの環境が悪く、ご返信が遅くなってしまい申し訳ございません。
      私の考えや意見に対してコメントを頂く機会は中々無かったため、八木尾様からのコメントはとても励みになったのと同時に、貴重なご意見をお聞きすることが出来て大変嬉しく思います。

      ”(支援といえば、アフリカ諸国の難民たちの事で、自国の日本のホームレスの支援については、なぜか頭を過ることが無かった。など)”

      まさしく今、八木尾様がおっしゃっている内容についてブログの記事を作成しておりましたので、お時間がある際に是非読んでいただけたらなと思います。
      *数日以内に更新を出来ればなと思っております。

      この度はコメントを頂き本当にありがとうございます。

      山田絢絵

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